[詳報]葵祭の舞台 もゆる恋心

悠久の時 思いはせ歌に

 源氏物語ゆかりの地を歌人の俵万智さんと訪ねる「俵万智の源氏ロマン吟行会」。第4回は4月20日、葵の上と六条御息所(みやすどころ)が、「車争い」を繰り広げた葵祭の舞台の一つ、下鴨神社(京都市左京区)で開かれた。約130人の参加者は、新緑に囲まれた境内で悠久の時に思いをはせ、王朝文学の世界に身を置き、歌に詠んだ。

境内で俵万智さん(手前)と歌想を巡らせる参加者ら(4月20日、京都市左京区の下鴨神社で)=氏原治撮影

 「源氏物語の世界に思いをはせ、今日だから詠める思いを整理して、どの言葉を歌に残すか潔く選んで」

 吟行前、俵さんからこんなアドバイスを受けた参加者らは、同神社の嵯峨井建禰宜(ねぎ)が語る葵祭の歴史などに耳を傾けつつ、糺(ただす)の森や奈良の小川、楼門、本殿などを巡った。

 本殿前のベンチに腰掛けた兵庫県姫路市の主婦中塚泰子さん(48)は二女で同市立琴丘高1年の理子さん(15)と初参加。「青い空と緑の森、朱色の楼門のコントラストが印象的。ここはいつまでも源氏物語の世界のよう」と心を躍らせ、大阪市港区の無職河野定秋さん(66)、成子さん(66)夫妻は楼門付近で、「ロマンを感じる。さすが1000年の古都」と感嘆した。

 御手洗(みたらし)池のほとりで歌想を練ったのは大阪市住吉区の会社員山本健二さん(42)、利奈さん(39)夫妻。源氏ロマン吟行会は第1回の石山寺以来の参加で、利奈さんは「新緑の中、結婚式やお宮参りなどの光景を見ると、こちらまで温かい気持ちになれます」。

池の前で短歌の構想を練る参加者

 歌仲間4人と参加した京都府舞鶴市の無職磯野留治さん(72)は2年前に脳こうそくを患い、左足のリハビリ中。つえを手に境内を巡り、「森に差し込む光に元気をもらった」と笑顔を見せた。

 「短歌を詠んだ経験は学校の宿題ぐらい」とはにかんだのは、滋賀県守山市の私立光泉高2年内田佳菜里さん(16)。母啓子さん(44)と境内を回り、「字数など制約が多いと思っていたが、屋外だとすらすら詠めました」と満足そうに話した。

 表彰式で俵さんは、「晴天に恵まれ、前向きで明るく気持ちのいい歌が多かった。1000年の時と今の自分をうまくミックスさせた歌、リフレインを効果的に用いた歌、新たな発見を込めた歌など、今回も秀作が多かった」と講評。「地道に歌を作るのが上達の一番の近道。最も大切なのは、日々歌を作る時間を持つこと。先人の歌をたくさん読んで勉強することも必要です」と結んだ。

京都・下鴨神社

歴史と文化の宝庫

 腰輿(およよ)に乗った葵祭のヒロイン・斎王代が進むシーンでおなじみの国史跡「糺の森」を境内に抱く、世界遺産・下鴨神社(京都市左京区)。正式名を「賀茂御祖(かもみおや)神社」といい、上賀茂神社(同市北区)とともに「賀茂社」とも呼ばれた。賀茂川と高野川が合流する三角州に位置し、国宝・重文の社殿は55棟。年間参拝者は約150万人に上る。

 神話の世に起源を持つとされる下鴨神社は、源氏物語とも深い縁を持つ。

 名場面「車争い」が繰り広げられた葵祭は、下鴨、上賀茂両神社の例祭。賀茂の大神に奉仕する天皇の皇女・斎王が御禊(みそぎ)に向かう行列を見物するため、貴族たちがこぞって場所取りをした情景が描かれた。

 また、悪い風評を立てられ、都から逃れる光源氏が出発前に神社を拝し、「うき世をばいまぞ別るるとどまらむ 名をばただすの神にまかせて」と詠んだことで知られる糺の森は、神がこの地で人々の訴えを聞き、正否をただしたとの故事から名がついたとされる。

 広さは東京ドーム3個分。ムクノキやケヤキなど樹齢200〜600年の約600本が生い茂り、せせらぎとが織りなす情景は、古(いにしえ)から数多くの詩歌を生んできた。

 社殿や神宝を21年ごとに新調する「式年遷宮」(2015年)に向けた修復工事も昨年から始まった。新木直人宮司は「源氏物語の舞台がそのまま残る歴史と文化の宝庫」と話している。

入選作品

光源氏賞

谷口真喜子さんの写真

 光いま緑となりし下鴨に千年の時往かぬままなり

 谷口真喜子さん(70)(大阪市東住吉区)

 「鮮やかな若葉の緑に、降り注ぐ光が溶け込むような印象を受けた。境内は源氏物語と同じ1000年前のまま、時が止まっているかのようで、『往かぬまま』という表現が思い浮かんだ。下鴨神社は中学の修学旅行以来。縁のある場所で受賞でき、うれしい」

俵万智特別賞

岩本祝子さんの写真

 おいお前どこから来たといふやうな鳥のこゑきく糺の森に

 岩本祝子さん(61)(神戸市北区)

 「会場へ向かう道中、まだ参拝者の少ない糺の森を、鳥の声に耳を傾けながら歩いた。森の名には『物事をただす』という意味があるとパンフレットで知り、鳥の鳴き声も『お前、どこから来た』というように聞こえてきた。短歌教室に通い始めて1年。初めての吟行会での受賞に驚いた」

紫の上賞

中野伸子さんの写真

 戻りたい時に戻してくれそうな太古の森は今木(こ)の芽時(どき)

 中野伸子さん(59)(京都府京田辺市)

 「鳥居の前で、宮司さんが『ここから先は平安時代そのもの』と話されるのを聞き、神社の森や建物が源氏物語の時代までタイムスリップさせてくれそうな気がした。カエデなど木々の新芽も印象的でアイデアがとめどなくあふれてきた」

楠木世津さんの写真

 恋ゆえの車争い過ぎ去りしふたば葵はハートに茂る

 楠木世津さん(52)(和歌山県海南市)

 「源氏物語に思いをはせつつ、今日の気持ちを歌に乗せようと思った。短歌の経験が少ないのに入賞でき、驚きでいっぱい。あこがれの俵さんに歌を講評してもらい、私の歌でない気がした。吟行会は3回目。初心者も気後れなく参加できるのが魅力です」

前野道子さんの写真

 春過ぎて糺の森の蘖(ひこばえ)よゆっくり伸びろわたしは私

 前野道子さん(59)(京都府八幡市)

 「新緑に包まれた神社で会った初節句の赤ちゃんたちの健やかな成長を願っていたら、草木の新芽を表す『蘖』という言葉がひらめいた。第1回と同じ賞を、しかも今回は友人(中野伸子さん)と一緒に受けられるなんて、夢のようです」

藤壺賞

今宿等さんの写真

 糺の森行きつ戻りつ深呼吸己の定点観測しきり

 今宿等さん(56)(滋賀県東近江市)

 「境内を散策するうち、社殿の古さと太古の姿を残す糺の森に感動し、1000年の昔と今を行ったり来たりするような不思議な感覚にとらわれた。定点観測は、携帯電話の全地球測位システム(GPS)が脳裏に浮かび、客観的に自分を眺めてみた」

田中公子さんの写真

 芽吹き初む糺の森のこもれ日に蝶(ちょう)光りおり水光りおり

 田中公子さん(62)(京都府宇治市))

 「糺の森を流れる川を眺めていると、黒いチョウが飛び立った。春の陽光に輝く水面(みなも)と新緑、木漏れ日の中を静かに舞う姿がとても印象的で、自然にリズミカルな下の句が思い浮かんだ。俳句は20年近く続けているが、短歌は経験が浅く、初受賞でとてもうれしい」

斎藤ルミ子さんの写真

 千年の空から注ぐ恋心見上げる先に連理の賢木(さかき)

 斎藤ルミ子さん(41)(香川県観音寺市)

 「糺の森で座り込んだ時、目の前に2本の木がくっついて伸びる連理の賢木があったことから、ひらめいた。源氏物語は高校生の時からのファン。短歌を詠んだのは初めてだが、偶然にも好きな『賢木』を歌に織り込め、俵さんにも選んでいただき満足しています」

下鴨神社賞

 ふくよかな時の流れの千年を超えて聞こゆる白砂の音
 釣本和代さん(66)(和歌山県田辺市)

 ちはやぶる数多(あまた)の神がおわす森古(いにしへ)からの光がやどる
 中塚理子さん(15)(兵庫県姫路市)

 糺の森に洞となりたる切株はブリキの冠かぶせられいて
 栃尾悦子さん(72)(堺市中区)

 若楓映しきらめくせせらぎは千古の流れ両手をひたす
 黒谷光子さん(70)(滋賀県湖北町)

 千年の森の木陰の瀬見の川歌にも恋にも縁無き我よ
 和気市郎さん(68)(京都市伏見区)

〈主催〉 読売新聞大阪本社
〈共催〉 源氏物語千年紀委員会
〈後援〉 文化庁、京都府、滋賀県、大阪府、兵庫県、関西経済連合会、京都商工会議所
〈協賛〉 岩谷産業、NTT西日本、オムロン、関西アーバン銀行、関西電力、きんでん、コスモ証券、清水建設、ダイキン工業、ダイワボウ情報システム、日本生命、非破壊検査、丸一鋼管、ユニチカ
〈協力〉 日本トリム

2008年04月08日  読売新聞)