平安絵巻 現代に

 来年の「源氏物語千年紀」を記念して、物語の魅力を多角的に伝えるイベントシリーズ「源氏物語〜千年の時を超えて」の第3回「源氏の世界を語る」リレー塾(読売新聞大阪本社主催、源氏物語千年紀委員会共催)が8日、京都会館第1ホール(京都市)で開かれた。パーソナリティーの浜村淳さんが「源氏物語〜母恋の旅」と題して基調講演し、女優の峰さを理さんが「花散里」を朗読。続いて、源氏物語を題材にしたベストセラー漫画「あさきゆめみし」の作者・大和和紀さんと、河添房江・東京学芸大学教授、浜村さんを交えて、「『あさきゆめみし』にみる源氏の魅力」をテーマとしたフリートークが行われ、約1300人の観客を華やかな平安王朝の世界へと誘(いざな)った。

<基調講演>「源氏物語〜母恋の旅」…浜村 淳さん

宝塚歌劇団 何度も上演

はまむら・じゅん タレント・映画評論家 京都府出身。74年から30年以上、毎日放送ラジオ「ありがとう浜村淳です」のパーソナリティーを務める。毎日放送「映画へようこそ」にも出演。著書に「さてみなさん聞いてください 浜村淳ラジオ話芸」など。

 私は京都に生まれ育ち、同志社大学文学部で『源氏物語』を学んで、この物語をもっと身近に知ってほしいと思って、13年前に『源氏物語 花はむらさき』という本を書きました。

 光り輝く美しさで光君と呼ばれた主人公の母上は、桐壺更衣。帝の寵愛(ちょうあい)を一身に集め、ほかの女性たちからねたまれて、光君3歳の時にひっそり息を引き取った。その後、光君より数歳上の藤壺の宮が入内。この藤壺が、母のない光君を弟のようにかわいがった。しかし元服すると、もう会えない。光源氏の女性遍歴は、母恋いの遍歴だと私は思う。

 『源氏物語』には、現代に共通する出来事が幾つも出てくる。例えば駐車場争い。5月15日の葵祭の日、源氏が最高の装いで都大路を行進する。それをひと目見ようと、大勢の人が集まってくる。しかし妻の葵(あおい)の上は行こうとしない。この人は皇太子妃となるべく育てられたのに、帝の命令で臣籍降下した光君に嫁がされたので面白くない。侍女たちが騒ぐので渋々都大路に来たら、両側にびしっと牛車が止まっている。

 そこで家来が1台を力ずくで引き出すが、その牛車に乗っていたのが前皇太子の未亡人、六条御息所(ろくじょうのみやすどころ)。この人は大輪の牡丹(ぼたん)のように華麗な教養ある女性で、光君とも関係があった。ところが彼女は感情が高ぶると、生霊を飛ばす人なんですね。それで葵の上の出産時に、取り殺してしまう。

 藤壺の宮が体調を崩して実家に戻った時に、成長した光君は「命がけの恋でございます」と忍んでいった。その一夜の過ちで、藤壺は懐妊。玉のような男の子が生まれた。何も知らない帝は喜ぶ。その帝は死の間際、光源氏に「藤壺と息子を頼む」とおっしゃった。父上はすべてを知っておられたのだと、源氏は悟る。このように不倫もあれば、車争いもある。締めつけられるような苦い思いも出てくる。

 『源氏物語』は、宝塚歌劇団で何度も上演されていて、最初に光源氏を演じたのは現在も宝塚の至宝とされる春日野八千代、若紫は八千草薫。その後も榛名由梨、剣幸、愛華みれ、つい最近にも春野寿美礼が主演しました。映画では1951年、光源氏は当代随一の美男・長谷川一夫、藤壺を木暮実千代、紫の上は乙羽信子。61年にはカラーの『新源氏物語』が制作され、市川雷蔵主演、桐壺と藤壺の2役を寿美花代が演じました。レンタルビデオなどでご覧になってみて下さい。

<朗読>「花散里」…峰 さを理さん

 「源氏物語」の名場面、第十一帖「花散里」を朗読した峰さを理さんは、日本舞踊の西流師範を務める元宝塚歌劇団トップスター。光源氏のせりふでは元男役らしく声音を変え、情感豊かに読み聞かせ、優艶(ゆうえん)な舞も披露した=写真。

<フリートーク>「あさきゆめみし」にみる源氏の魅力

人生は夢のしっぽ・・・大和 和紀さん
  花で人物像表現・・・河添 房江さん

「あさきゆめみし」の作品を通して源氏の世界を語る大和和紀さん(中央)ら3人=伊東広路撮影

 浜村 「あさきゆめみし」は、1800万部もの売れ行きだそうですね。そもそも「源氏物語」を漫画化しようと思われた動機は?

 大和 これは私としては古い作品で、描き始めたのは約30年前。完結まで15年かかりました。私は子どものころから「源氏物語」が大好きだったのですが、30年前には研究者以外はカルチャーセンターなどで細々と読まれているだけでした。漫画にしたら、皆さん読んでくれるかなと思いまして。

 浜村 絵で表現するには大変な苦労があったのでは?

 大和 当時はビジュアル資料が少なく、建物、調度、服装、何もかもわからず大変でした。京都御所へ行って天井裏、屋根のひさし裏、床下までのぞいて怒られました。

やまと・わき 漫画家 北海道出身。1966年「どろぼう天使」(「少女フレンド」掲載)でデビュー。77年度「はいからさんが通る」で第1回講談社漫画賞少女部門受賞。代表作に「ヨコハマ物語」など。現在「Kiss」(講談社)誌上で「ポケットの中の奇跡」を連載中。

 浜村 河添先生は、作品に描かれた衣装、調度などをどう思われますか?

 河添 大変美しく、御簾(みす)などが非常に効果的に使われていると思います。印象的だったのは、藤壺と光源氏が御簾を隔てて裂かれる場面。源氏が元服して、もう藤壺の御簾の中に入れない。その御簾の重さ。そういうものを見事に表現していらっしゃる。私は「あさき――」の衣装や背景にちりばめられた花々について、ぜひ伺いたいのですが。

 大和 たくさん女性が出てきますので、一人ひとりのイメージに合わせた花を背景にするなど、工夫しました。例えば宇治の大君(おおいぎみ)は白百合、聖母ですね。紫の上は桜、明石の上は母性を感じるので、すっきりした百合。キャラクター性を強めるために使っていました。

 河添 「源氏物語」では、必ずしも季節に合わない人物のイメージで、花が使われています。「野分」という秋の季節の巻では、紫の上が春の花の樺(かば)桜、玉鬘が山吹、明石の姫君が藤に例えられている。万葉の昔から女性は花にたとえられたが、あくまでも季節の花。ところが「源氏物語」では、人物像を的確に表現している。そういう自由な領域を切り開いた作品なんです。

かわぞえ・ふさえ 東京学芸大学教授 千葉県出身。東京大学博士課程修了、博士(文学)。源氏絵、源氏能、現代語訳などの源氏文化に詳しく、著書に「源氏物語の喩と王権」「源氏物語表現史」「性と文化の源氏物語」「源氏物語時空論」「源氏物語と東アジア世界」など。

 大和 漫画って映画制作に似ていて、監督から大道具、小道具、衣装係まで、表情も描くから、役者もやらなくちゃいけない。その人物の好きな花、好きな食べ物を想像するなど、いろいろ役作りを考えますね。

 河添 ここで「あさき――」に至る、源氏絵の歴史をお話ししましょう。まず徳川美術館所蔵の国宝「源氏物語絵巻」。物語成立から約100年後にできて、「源氏物語」を知り尽くした読者が楽しむための絵巻ですね。室町、江戸時代にも源氏絵が数多く描かれ、描き手が男女で画風が違いますし、大名家の嫁入り道具として屏風(びょうぶ)なども作られた。

 従来の源氏絵は表情がパターン化されて割に無表情ですが、「あさき――」では生き生きと喜怒哀楽が描かれ、魅力的ですね。

 浜村 「源氏物語」のすばらしさをどう感じますか?

 河添 時代を超えて愛されてきた作品。例えば平安以降は歌詠みの必読書であり、中世には仏教の影響で紫式部は地獄に落ちたとか、逆に観音だったとか。近世になると儒教的に読まれて、女訓の書だとか、逆に勧善懲悪から見ると良くないとか。さらに、男女によっても、読者の人生経験によって読み方も違ってくる。それらが、これまで読み継がれてきた1000年の魅力だと思います。

 浜村 紫式部をどんな人だと思われますか?

フリートークに耳を傾ける観客ら(8日、京都市の京都会館で)

 大和 恋愛物語でありながら政治、宗教、人生のすべてが織り込まれた複雑な物語を、1000年もの昔に織り上げた作家。歴史上初の大天才だと思います。

 浜村 題名を「源氏物語」でなく「あさきゆめみし」とされたのは?

 大和 原作にない場面が多くなるかもという予想があって、何となく。後から考えると、源氏が死ぬ時、人を愛し、栄華を極め、しかし最終的にたった一人の人も幸せにできなかった。人生とは振り返ってみれば、明け方に見た夢のしっぽだけ覚えているような、そんな意味で「あさきゆめみし」でよかったかなと思います。

〈主催〉 読売新聞大阪本社
〈共催〉 源氏物語千年紀委員会
〈後援〉 文化庁、京都府、滋賀県、大阪府、兵庫県、関西経済連合会、京都商工会議所
〈協賛〉 岩谷産業、NTT西日本、オムロン、関西アーバン銀行、関西電力、きんでん、コスモ証券、清水建設、ダイキン工業、ダイワボウ情報システム、日本生命、非破壊検査、丸一鋼管、ユニチカ

2007年12月23日  読売新聞)