[詳報]きらめく川面 浮舟の恋

色づく景色 耳を澄ませて

 源氏物語ゆかりの地へ、歌人の俵万智さんと出かける「俵万智の源氏ロマン吟行会」。11月25日の第3回は、薫と匂宮(におうのみや)が、ヒロイン浮舟を巡る恋模様を繰り広げる「宇治十帖(じゅうじょう)」の舞台、京都府宇治市で開かれた。穏やかな日差しに恵まれた錦秋の休日、約100人の参加者は、鮮やかに色づく葉を愛(め)で、宇治川の流れに耳を澄ましつつ、ほとばしる思いを三十一文字に込めた。

「宇治十帖モニュメント」の前で短歌作りのアドバイスをする俵万智さん(手前左)(京都府宇治市で)=泉祥平撮影

 「源氏物語ミュージアム」で開かれた、吟行に先立つミニトークで、俵さんは「今、ここにいるという『ライブ感』を大切に、葉っぱや旅人、秋の空気など、景色の中に落ちている歌を拾いに行くつもりで詠めばいい」と参加者らにアドバイスした。

 吟行が始まると、参加者らは、府文化財保護指導委員の若原英弌(えいいち)さんの案内で、世界遺産・宇治上神社の拝殿(国宝)や、匂宮と浮舟が宇治川にこぎ出す姿を表現した「宇治十帖モニュメント」などを見学。周辺にも足を延ばし、自由に思いを巡らせた。

 宇治橋を望む宇治川東岸に陣取った京都市伏見区の無職西川英勝さん(64)、五十鈴さん(59)夫妻は、石山寺(大津市)での第1回から連続で参加。英勝さんは「平安時代には上流の天ヶ瀬ダムも洗堰もなく、もっと深く、流れが速かったのかな」と、宇治十帖が書かれた当時の川の姿に思いをはせた。五十鈴さんは、宇治上神社に七五三の参拝に訪れた家族連れに目を留めたといい、「羽織はかま姿の子どもがかわいらしく、その風景を歌に詠みました」と話した。

 滋賀県東近江市の高校教員今宿等さん(55)は、妻綾子さん(52)と朝霧橋を望む宇治川のほとりでモロコを釣る男性と語らいながら歌を書き留めた。「天気が良く、時間帯によってきらめく川面の見え方も違う。時間にしばられず、ゆっくり秋を満喫できた」と満足そうな様子。

宇治川周辺で短歌の構想を練る参加者(京都府宇治市で)

 参加者中、最年少で、父や祖母と参加した京都府向日市のノートルダム学院小4年福間理子さん(9)も「川岸に集う釣り人の姿が印象的で、ユリカモメと同じように魚を狙っているんだ、という思いを歌にした。うまくできました」と笑顔を見せた。

 茶店が並ぶ石畳の歩道沿いに腰を下ろした兵庫県尼崎市の無職加藤照子さん(74)は「宇治十帖ゆかりの石碑や寺社がこんなにあるとは。宇治上神社は落ち着いた雰囲気でよかった」と、ゆったりとした時の流れに浸っていた。

 表彰式では、俵さんから受賞者に表彰状と記念品が贈られた。俵さんは「今回も激戦だった。気持ちを素直に表現した歌、華やかな比喩(ひゆ)が効いた歌など、光る表現が見られた」と講評し、「短歌は思いを述べられる点が俳句と違う。好きな歌人ができたら、まず五十首、百首覚えて血や肉とし、次はひたすら詠んで」と上達法を助言した。

 終了後、俵さんは「宇治は見どころが多く、同じ時間に同じ場所を見ても、ある人はこうとらえ、別の人は違う言葉で表現したんだなと興味深かった。吟行会がきっかけで歌を作り始めた人がいると聞いてうれしい。これからも歌を楽しんで」と話していた。

京都・宇治市

王朝文化の栄華しのばせ

 世界遺産の平等院や宇治上神社をはじめ、数多くの社寺や史跡が点在し、景観にも恵まれた宇治市。王朝文化の栄華をしのばせるこの地を訪れる観光客は、年間約450万人に上る。

 街をほぼ南北に縦断し、夏の鵜飼(うか)いでも有名な宇治川は古来、大和(奈良)と山城(京都)、近江(滋賀)を結ぶ交通の要衝だった。万葉集にも「宇治川を船渡せをと呼ばへども聞こえざるらし楫(かじ)の音もせず」と当時の情景を伝える歌が収められている。

 平安京遷都(794年)により、都近郊のこの地に、平安貴族たちは競って別荘を建て、寺社も相次いで建立された。極楽浄土を再現した平等院は元々、光源氏のモデルとされる嵯峨天皇の皇子、源融(みなもとのとおる)の別荘。現存最古の神社建築の本殿(平安後期)がある宇治上神社は、宇治神社とともに平等院の鎮守社だったといわれる。

 全54帖からなる源氏物語の最後を飾る舞台にふさわしく、宇治には源氏物語にちなんだ名所も多い。宇治十帖の古跡は、「橋姫」から「夢浮橋」までの各帖のゆかりの地として、いにしえの人々が思い定めた地に石碑などが建てられたもの。646年架橋と伝えられる宇治橋周辺には、1998年開館の「源氏物語ミュージアム」もある。

 妹尾重人・宇治市商工観光課長は「源氏物語をテーマにしたまちづくりに取り組んできたが、来年の千年紀を機に、宇治茶や鵜飼い、平等院など宇治の魅力をより幅広く、国内外に紹介したい」と話している。

入選作品

光源氏賞

長谷部和子さんの写真

 宙に飛ぶパンを捕らえてユリカモメ二十羽ほどが右旋回す

 長谷部和子さん(58)(大阪市西区)

 「朝霧橋の上でたたずんでいると、ユリカモメがダイナミックに何度も右旋回を繰り返している姿が目に留まった。言葉をそぎ落とすのに苦労したが、それがよかったのかも。用事があって、表彰式の前に帰宅し、後で友人から受賞を知らされ、『その場にいたかった』と心底思った。本当にうれしい」

俵万智特別賞

脇坂伝兵衛さんの写真

 空青く朝霧橋は朱に栄(は)えて宇治の浅瀬にゆりかもめ立つ

 脇坂伝兵衛さん(71)(滋賀県湖北町)

 「約30年前から源氏物語の勉強会を主宰し、物語は多少理解しているつもりだが、歌は初心者なので、受賞には驚いた。妻(田鶴子さん)と宇治川のほとりに腰を下ろすと、川の深緑、空の青、橋の朱と色彩が印象に残った。俵さんが言う『ライブ感』を念頭に心に染みた情景を詠んだ」

脇坂田鶴子さんの写真

 ゆりかもめ冷たくないか宇治川の浅瀬に赤き脚見せ休む

 脇坂田鶴子さん(69)(同)

 「3回目の参加で初めて受賞でき、とてもうれしい。冷たい川の水面にユリカモメがぽつんと立ち、釣り人と向き合っている様子を見て、私たち夫婦と同じように休んでいるのかなと感じ、詠んだ。宇治には源氏物語ゆかりの場所が多いことがわかったので、今度はもっと、ゆっくり歩いてみたい」

紫の上賞

堀本玲子さんの写真

 股(もも)までも浸りて立てる男らは等間隔で“はや”を漁(と)りたり

 堀本玲子さん(55)(奈良県橿原市)

 「にぎやかな場所を避け、静かな川岸に腰掛けながら、ずっと見ていた風景。近くの人に『アユですか』と聞くと、『宇治のハヤ釣りは有名』と教えてくれた。見たままを表現したら、等間隔という言葉が出た。宇治を訪れたのは初めてだったが、山あり川ありで、またゆっくり来てみたい」

新谷眞貴子さんの写真

 見つからぬ古跡さがすのもよし小春日の心で歩く娘と二人

 新谷眞貴子さん(49)(奈良県広陵町)

 「京都に下宿している大学生の長女と参加した。宇治十帖の古跡、橋姫神社を目指して歩いていたが、道に迷ってなかなか見つからなかった。でも小春日和の中、普段は離れて暮らす娘と、久しぶりにおしゃべりしながら歩いたことが、何よりも楽しかった。その思いが、ふっと歌に出た」

佐々木隆義さんの写真

 投げしパンサーカスのごと受けとめてカモメ群なし宇治川に舞ふ

 佐々木隆義さん(65)(大阪府高槻市)

 「朝霧橋の上から、カモメが群れてパンのエサに飛びつく様子を見て、何だか中国の雑技団の演技に似ているなと思ったことから、サーカスという表現が思い浮かんだ。これまで何度か参加した俳句の吟行会では受賞したことはないが、初めて挑戦した短歌の吟行会で賞をいただくことができ、夢のようだ」

藤壺賞

竹島清美さんの写真

 宇治川の中にたたずむ釣り人がひとりを楽しむ背筋のばして

 竹島清美さん(50)(堺市南区)

 「橋の上は多くの人が行き来しているのに、川の中では釣り人が静かに糸を垂れている。そんな情景に心ひかれた。私も一人で行動するのが好きなので、共感したのかもしれない。最後の7文字がなかなか決まらず、『背筋のばして』とひらめいた時には、思わず『よし!』とつぶやいた」

山本満里さんの写真

 幼き日宇治十帖の在るを知るさわらびの碑の今日もたたずむ

 山本満里さん(44)(京都市伏見区)

 「宇治で生まれ育ったので、幼いころは宇治神社や早蕨(さわらび)の碑の周辺でよく遊んだ。歩いているうちに懐かしさがこみあげてきて、思い出の情景を歌にした。古典には興味があったが、短歌を詠むのはきょうが初めてで、受賞は思いもよらなかった。機会があれば、また参加したい」

木村和也さんの写真

 色みせて椎の木の実の落ちてゆく水底までの美しき距離

 木村和也さん(59)(大阪府豊能町)

 「川底のドングリを目にし、沈みゆく場面を思い浮かべた。5年ほど前から俳句を作っているが、初めて短歌を詠んだのは、5月の第1回のロマン吟行会。感情を盛り込めるのが短歌だが、私は感情を露骨に表現するのは苦手な方。俵さんはそこを面白がってくれたのでしょう」

宇治十帖賞

 十二単衣シンボルにして走るバスいにしえ行きのキップ買いたし
 上村満美さん(70)(京都府宇治市)

 宇治川の流れにまかせ君とゆくこの世の果てを見んとぞ思う
 杉本冷子さん(58)(大阪市鶴見区)

 藤棚にかすかにゆるる莢(さや)の数紫の上の苦しみの澱り
 北川美智子さん(66)(大津市)

〈主催〉 読売新聞大阪本社
〈共催〉 源氏物語千年紀委員会
〈後援〉 文化庁、京都府、滋賀県、大阪府、兵庫県、関西経済連合会、京都商工会議所
〈協賛〉 岩谷産業、NTT西日本、オムロン、関西アーバン銀行、関西電力、きんでん、コスモ証券、清水建設、ダイキン工業、ダイワボウ情報システム、日本生命、非破壊検査、丸一鋼管、ユニチカ
〈協力〉 日本トリム

2007年12月12日  読売新聞)