[詳報]明石の君思い 歩く神苑

静逸な空気 膨らむ想像

住吉大社について神武・権宮司の説明を聞く俵万智さん(中央)と参加者=住吉大社で

 蝉(せみ)時雨の神苑(しんえん)に心躍らせて――。歌人の俵万智さんと短歌づくりを楽しむ「第2回俵万智の源氏ロマン吟行会」が7月26日、光源氏や明石の君が詣でた住吉大社(大阪市住吉区)で開かれた。梅雨明けの厳しい日差しの下、約150人の参加者が玉砂利を踏みしめながら、広大な境内を散策。樹齢1000年の楠(くすのき)が枝を広げる住吉信仰の地で、三十一(みそひと)文字に思いを託した。

参加者に短歌の心構えをアドバイスする俵万智さん(左)=住吉大社で

 吟行に先立ち、午前10時から境内の吉祥殿で開かれたミニトークで、俵さんは「歌を作ると心が立ち止まる時間が生まれ、それが心に潤いを与えてくれる。今日は何度も何度も、心を立ち止まらせてほしい」と歌づくりの心得を伝授。「今日の暑さもぜひ味方につけて」と激励を受けた参加者は、神武磐彦・権宮司の案内で、反橋(そりはし)や特別公開された神館などを巡った後、短歌の着想を得るため思い思いに境内を歩いた。

 柱や垂木が丹(に)塗りで、檜皮葺(ひわだぶ)きに切り妻の力強い直線が特徴の四つの本宮。第一本宮前にたたずんでいた大阪府交野市の寺田政信さん(67)は「短歌は初めての挑戦。明石の君が船で大社を訪れた光景が思い浮かんできたので、海の情景を歌に織り込みたい」と、いにしえの世界に思いをはせた。

 この日は最高気温が30度を超える蒸し暑さ。清冽(せいれつ)な水をたたえた手水舎では、ひしゃくですくった水を口にふくんだり、木陰に涼を求めたりする人の姿も。

 石に腰をかけて休んでいた大阪市住吉区の主婦石河香保子さん(58)は「歴史を感じながら眺めると、今まで見慣れたはずの住吉大社が今日は違って見える」と話し、大津市の主婦北川美智子さん(67)も「神聖な場所という印象。都会の騒がしさと隣り合わせなのに静かですね」と境内を見やった。

 神池の水面を眺めていた大阪府松原市の主婦東尾喜代美さん(71)は「亀が優雅に泳いでいるのが印象的で、時の流れを忘れそう。小学生のころ、祖母に連れられてきたことも思い出して歌が詠めれば」。

 途切れることなく響く蝉の声。反橋のたもとで題材を探していた京都府福知山市の主婦中尾典子さん(71)は「忙しい日々にあって、ほっとする時間の中に自分を置けたよう。蝉時雨も、むしろ新鮮に感じるほどで、来てよかった」と笑顔を見せていた。

 短歌サークルのメンバー3人と参加した兵庫県明石市の主婦春名直美さん(60)は、神館の庭にそびえ立つ「千年楠」を見上げた。「木陰からスッと光源氏が現れる気がする。今にもきぬ擦れの音が聞こえてきそう」と、想像を膨らませながらペンを走らせた。

 表彰式では、俵さんが各受賞者に表彰状と記念品を手渡し、それぞれの作品を講評。壇上の作者は、うれしそうに耳を傾けていた。俵さんは「力作が多く選考に苦労した」と、選に漏れた作品も紹介し、「歌は、たくさん作って、五七五七七のリズムを染みこませるのが上達の近道。歌は波乱万丈な人生を送った人だけが詠めるものではない」と締めくくった。

 終了後、俵さんは「その日の空気を瞬時に詠み込めるのが吟行会の醍醐(だいご)味で、会うこともなかった人と、歌という接点でつながり合えるのが魅力。五感を使ってアクティブに行動した人が、いい歌を残したのでは」と振り返った。

住吉大社

定家ら多くの歌人も参拝

境内で短歌の構想を練る参加者=住吉大社で

 かつて境内が海に面していたことから、海と航海の神様として知られる住吉大社。全国2000社以上の住吉神社の総本宮で、初詣での参拝客は毎年200万人を超える。

 日本書紀や住吉大社神代記などによると、仲哀天皇の妻・神功皇后が新羅遠征の際、住吉大神=底筒男命(そこつつのおのみこと)、中筒(なかつつの)男命、表筒(うわつつの)男命の3神の総称=の神託で勝利できたことに感謝し、211年にこの地に大神を祭ったのが起源とされる。

 社殿は、第一本宮から第三本宮までが縦に並び、神功皇后を祭る第四本宮は第三本宮の横に立つ独特の配置。「海上をゆく四つの船のよう」と形容される本宮はすべて西向き(大阪湾)で、一番奥にある第一本宮から順に参拝するのが正式とされる。1810年(文化7年)の造営で、「住吉造」という特殊な様式を備え、いずれも国宝に指定されている。

 社殿前の神池に架かる反橋(長さ20メートル、幅5・5メートル、高さ3・6メートル)は「太鼓橋」と呼ばれ、住吉大社の象徴的な存在。川端康成の小説「反橋」にも登場し、橋のたもとに「反橋は上がるよりもおりる方がこはいものです」という一節を記した文学碑が立つ。源氏物語とのゆかりも深く、「須磨」「明石」巻では熱心な信仰者として明石入道ら明石一族が登場するほか、「澪標」「若菜下」巻では光源氏の盛大な参詣(さんけい)の様子が描かれている。

 和歌の神様としても知られ、藤原定家ら多くの歌人も上達を願って参拝したという。毎年、中秋の日に「観月祭」が催され、反橋の上で神職らが全国から寄せられた和歌や俳句の優秀作品を詠み上げる。

入選作品

光源氏賞

山口泰子さんの写真

 海水のにほひもれくる手水舎(てみずしゃ)に絵を描(か)く人が水くみにくる

 山口泰子さん(59)(奈良県生駒市)

 「手水舎の辺りで海のにおいがした気がして、水を口に含んでみた。そこに絵の具を溶く水をくみに来た男性が現れたので、『海が近いのですか』と尋ねると、『昔この辺りは海だったんですよ』と教えてくれた。その会話が印象に残り、歌にそのまま詠んだ。賞をもらうのは初めてで、とてもうれしい」

俵万智特別賞

島寺洋子さんの写真

 吟行のわれらに手本示すごと鴨のひく水脈(みお)四すじつづけり

 島寺洋子さん(59)(大津市)

 「境内を巡る際、スタッフの人が『4列になって下さい』と言っているそばで、カモが反橋の下を泳いでいた。すぐに列が崩れる私たちに比べ、きちんと列になって泳ぐカモたちがお手本のようで頭に残り、時間ぎりぎりに歌にした。受賞は本当に驚きだったが、とても励みになる」

紫の上賞

三宅裕子さんの写真

 おみなごの眉(まゆ)の形の太鼓橋 黒き老い猫忍び寄りたり

 三宅裕子さん(48)(堺市南区)

 「太鼓橋に目をやると、美しい女性のまゆのように見えた。下の句には頭を悩ませたが、絵を描くつもりで考え、橋の鮮やかさを際立たせようと『黒き老い猫』を登場させた。受賞は驚くばかり。とてもうれしい」

花田智佳子さんの写真

 蝉時雨降りそそぎくる神苑を緋袴(ひばかま)過ぎる一瞬のこと

 花田智佳子さん(65)(大阪府泉佐野市)

 「社殿と社殿の間を、巫女(みこ)さんが急ぎ足で通り抜けるのが見えた。はかまの鮮やかさが印象的で、その場面にひらめきを感じた。20年近く短歌をやっているが、これだけの参加者の中から選ばれるとは思わなかった」

須納瀬敏子さんの写真

 楠■(なんくん)の大鈴振ればわずかづつ音色を変えて社にひびく

 須納瀬敏子さん(66)(大阪府大阪狭山市)

 「七五三以来の住吉大社。楠■社の大きな鈴を鳴らすと、すごい音がした。それから音が徐々に小さくなる様子がおもしろく、歌にした。短歌は三十一文字で自分の思いを伝えることができる楽しさがある。これからも、日常の中からじっくりと材料を見つけて歌と向き合いたい」

■=王偏に君

藤壺賞

三宅光子さんの写真

 反橋をうつして朱(あか)きさざなみを二羽のしら鳥くぐりてゆきぬ

 三宅光子さん(69)(大阪市住之江区)

 「よく来る場所だが、吟行で訪れると違った感覚にとらわれる。普段は何気なく渡る反橋で、ふと水面を泳ぐ白い鳥が目に飛び込んできて、思わず題材にした。和歌の鑑賞は好きだが、5月から詠み始めたばかりで、受賞には驚いた。先輩方の作品を勉強し、これからも精進したい」

野崎稔さんの写真

 住吉で源氏催すかくれんぼ 歌さがす鬼右往左往す

 野崎稔さん(49)(滋賀県日野町)

 「連続受賞は望外で、光栄。今回はいい歌が思いつかず、ただ古木を眺めていたが、後ろに言葉が隠れている、という発想からかくれんぼが浮かんだ。そうなると、鬼は私たち参加者かな、と。前回以後、短歌にはまり、携帯電話のメモ欄に頭に浮かんだ歌をそのまま打ち込むのが習慣になった」

木下朋美さんの写真

 大凶を笑顔で見送りふり向けば太鼓橋まで泳ぐ亀かな

 木下朋美さん(20)(大阪市阿倍野区)

 「吟行前におみくじを引いたら、人生初の大凶だった。落ち込んだけれど、これ以上、下はないと思うと、逆にテンションが上がった。その気持ちを思い切って歌にした。何気なく選んだ亀だが、俵さんからは『のんきだけど前向き』と講評され、いろんな想像が膨らむのだと、勉強になった」

住吉大社賞

 手水舎のうさぎに眼(まなこ)合はせつつ卯歳(うどし)の夫(つま)に見せたしと思ふ
 高井千代子さん(60)(大津市)

 御神田の青める稲田をゆるがせて競泳するがに鴨のひなどり
 金井君子さん(66)(大阪府泉大津市)

 蝉しぐれ住吉大社涼求め木影に歩み脱殻(ぬけがら)をふむ
 吉河義則さん(55)(奈良県葛城市))

 吹く風にたたずみながら千年に思いをはせる夏の一日
 西山ひろみ(39)(大阪府池田市)

 ゆらゆらと夢にもどりしたいこばし半世紀前父の肩ぐるま
 岡沢富美子(53)(大阪府柏原市)

〈主催〉 読売新聞大阪本社
〈共催〉 源氏物語千年紀委員会
〈後援〉 文化庁、京都府、滋賀県、大阪府、兵庫県、関西経済連合会、京都商工会議所
〈協賛〉 岩谷産業、NTT西日本、オムロン、関西アーバン銀行、関西電力、きんでん、コスモ証券、清水建設、ダイキン工業、ダイワボウ情報システム、日本生命、非破壊検査、丸一鋼管、ユニチカ
〈協力〉 日本トリム

2007年08月09日  読売新聞)