2008年に一千年紀を迎えるとされる、世界最古の長編小説「源氏物語」。これを記念し、物語の魅力を多角的に伝えるイベントシリーズ「源氏物語〜千年の時を超えて』の第2回「源氏の世界を語る」リレー塾(読売新聞大阪本社主催、源氏物語千年紀委員会共催)が今月1日、新神戸オリエンタル劇場(神戸市)で開かれた。「源氏物語を彩る和歌」と題し、高木和子・関西学院大学准教授が基調講演を行い、女優の有馬稲子さんが情感豊かに「六条の御息所(みやすどころ)の物語」を朗読。続いて司会のフリーアナウンサー上田千華さんを交えて、「源氏をより深く楽しむために」のテーマで王朝文化の粋を語り合い、会場を埋めた約600人を魅了した。
『源氏物語』は恋愛物語として知られている。当時は、色好みの男性を主人公とする恋愛遍歴の物語が多数あり、その伝統の上に『源氏物語』は作られた。例えば『伊勢物語』は在原業平とされる「昔男」がさまざまに恋する物語だが、125ほどの章段に恋愛だけでなく親子兄弟の情、主従関係も盛り込まれ、人生の感動的な場面集というべき短編集となっている。『伊勢物語』は必ずしも業平1人の所業として読む必要がないが、紫式部は光源氏という人物を主人公に『源氏物語』をがっちりと長編として作ろうとした。だからすごく盛りだくさん、すごく色好みな人物として光源氏が出来た。
『源氏物語』の最も典型的な解釈は、臣下に下った光源氏が、しかし自分の魅力や才能を通して天皇位に限りなく近づいていくというサクセスストーリーだ。色恋と政治が、車の両輪のように一緒に回っていく物語だ。光源氏は藤壺中宮と密通し、その子がやがて冷泉帝となり、光源氏は絶大な権力を振るう。あまたの女性との関係は、藤壺との恋に満たされない気持ちをいやすための光源氏の遍歴、という形で説明できる。
有馬さんが朗読される六条御息所。「葵」巻で前東宮妃である御息所は、光源氏との関係にあきらめをつけ、斎宮となる姫宮と共に伊勢に下ろうかと悩んでいる。まだ心を決めかねているころ、新天皇が決まり、非常に華やかな葵祭の行列に光源氏も加わるというので御息所は見物に行くが、光源氏の正妻・葵の上の一行から屈辱的な仕打ちを受ける。
光源氏は葵の上の前では「まめだちて」、つまり正妻の前では襟を正して通っていく。その様子を見て、御息所はいかに自分が取るに足らない存在かを自覚する。「影をのみ みたらし川のつれなきに 身のうきほどぞいとど知らるる」(あなたの姿だけ見ようと思ってきたら、御手洗川のようにそっけなく目の前を通り過ぎていく姿に、わが身のつらさをますます思い知らされました)
『源氏物語』には795首の和歌が含まれるが、御息所の和歌は11首。この場面も含め、心のつぶやきのような独詠歌が2首ある。また源氏と御息所との贈答歌のうち、源氏からの詠みかけに答えた歌は2首。御息所からは5首、さらに物の怪(け)になって詠みかけた歌が2首あり、都合7首を御息所から詠みかけている。こうした描写からも、源氏と御息所の力関係のバランスが読み取れる。
「車争い」の後、御息所は悩みを深め次第に具合が悪くなっていく。光源氏はそんな御息所を訪ね、仲のいい時間も過ごしたのだろうが、物語はあまり描写しない。源氏が帰った後、なかなか手紙が来ない、そんな2人の歌のやりとりを描く。こうした駆け引きや和歌の言葉、やりとりの呼吸を通して、人間関係の一部が読み解けるということをお話ししておきたい。
司会 まず、すばらしい朗読をしていただいた有馬さん。宝塚歌劇団時代に演じられたことがあるんですよね。
有馬 16歳のころ、何もわからないまま葵の上と明石の君を。春日野八千代さんが光源氏で、もうきれいできれいで。この数年は瀬戸内寂聴先生の訳本と出会い、それを使って朗読させていただいて、本当に紫式部の才能に驚きました。私は六条御息所ばかりやっているので、だんだん細かくわかってきて。この人の執着の強さ、情の濃さは、演じていて面白い。
司会 朗読の際は、役柄が乗り移ってくる感じですか?
有馬 そうではなくて……。何百回も読んでいるうちに、この1行、このセリフはこういうことだったのかとか、不意にわかる時がある。そうすると、ぱっと道が開ける。
司会 高木先生、六条御息所の人物像とは?
高木 光源氏が晩年、紫の上の前で、自分がかかわった女性を評している場面があり、その中で「心深くなまめかし」と六条御息所を回想しています。とても優雅で上品で教養が高い。
司会 六条御息所の和歌で一番お好きなのは?
有馬 「人の世をあはれと聞くも露けきに おくるる袖を思ひこそやれ」ですね。源氏が葵の上を亡くし悲しんでいるところへ、手紙を渡す場面ですね。源氏を思いやる真情が出ている気がします。
高木 でも、読みようによっては白々しい。源氏が「とまる身も消えしもおなじ露の世に 心おくらむほどぞはかなき」(我々残った身も死んだ葵の上も同じ、いつかは消えていく人の身ですから、はかないこの世に執着するのはつまらないことです)と、少したしなめる返歌をしています。
司会 当時の人々は、怨霊(おんりょう)をどうとらえたんでしょうか。
高木 普通は生霊でなく死霊で、多くは政敵の負けた側が勝った側にたたって憑巫(よりまし)の子供の口を借りて出てきます。葵の上が語っているかと思ったら御息所の生霊だったというような出現の仕方は、平安朝の人にとっても驚きだったのではないでしょうか。
有馬 宮廷で読み継がれ、皆が続きを紫式部に迫ったというのもわかりますね。モデルはいるんですか?
高木 御息所に関しては、斎宮女御徽子(きし)女王という人物がいて、斎宮になった娘と一緒に伊勢に下っている。近親に東宮在位中に亡くなった親王もおり、源氏が晩年に邸を構えた六条も、斎宮女御ゆかりの土地と言われています。
司会 今日は神戸での開催ですが、「源氏物語」は明石・須磨も舞台になっています。
高木 「古今集」に在原行平の和歌「わくらばに問ふ人あらば須磨の浦に 藻塩垂れつつわぶと答へよ」とあり、その詞書(ことばがき)(説明)に「事にあたりて、津の国の須磨といふ所にこもり侍りけるに」――何か事件があって須磨にこもったとある。この歌を踏まえている、と言われていますね。地理的には近いですが、須磨は畿内で明石は畿外。光源氏は畿内の端である須磨で禁欲的な生活を送り、一種のみそぎをしている。
有馬 政敵・右大臣家の娘で兄・朱雀帝に寵愛(ちょうあい)されていた朧月夜(おぼろづきよ)との関係がばれて、都から逃げてきたんですね。
高木 表向きはそうですが、実は藤壺との関係の贖罪(しょくざい)の意味がある。のちに暴風雨に遭い、父・桐壺帝の亡霊の導きで明石に移る。明石という地名は明るく、土地は豊かですてきな女性もいて。光源氏は新しい女性と出会い、子供を作って都に帰っていく。
有馬 謹慎中に、けしからん男ですね。
高木 光源氏は子供が少ないので、明石の君の娘は非常に重要な存在です。やがて中宮となり、源氏の家の基盤を最後は明石一族が支えていく。六条御息所は死後、死霊となって紫の上や女三の宮を苦しめるが、明石一族にはたたらない。これは、両者が血縁関係だったからではないか。光源氏も明石の君に初めて会った時に「六条御息所に似ている気がする」と言っている。そういう、うがった見方を重ねる楽しみ方もある。
司会 最後にお二人にとって、『源氏物語』とは?
有馬 藤壺、朧月夜、それから光源氏が退場する場面などを、もっともっと勉強して読んでみたいですね。
高木 20代で読む「源氏」、30代で読む「源氏」では、見えるものがまったく違う。多様な解釈を楽しめるところが、尽きない魅力かと思います。
〈主催〉 読売新聞大阪本社
〈共催〉 源氏物語千年紀委員会
〈後援〉 文化庁、京都府、滋賀県、大阪府、兵庫県、関西経済連合会、京都商工会議所
〈協賛〉 岩谷産業、NTT西日本、オムロン、関西アーバン銀行、関西電力、きんでん、コスモ証券、清水建設、ダイキン工業、ダイワボウ情報システム、日本生命、非破壊検査、丸一鋼管、ユニチカ