緑が映える源氏物語の<故郷>を短歌で表現――。紫式部が物語の着想を得たとされる大津市の石山寺で6日に開かれた「第1回俵万智の源氏ロマン吟行会」。二十四節気の一つ、立夏のこの日は朝から雨が降り続いたが、参加した150人は傘を手に、緑がまぶしい境内を自由に散策、式部に「想い(おも)」を馳(はせ)ながら物語誕生の地の風景や歴史を歌に詠み込んだ。
午前10時から多宝塔前で開かれたミニトーク。俵さんは「石山寺は、そうそうたる歌人が歌を残している。皆さんもぜひここで名歌を残してもらいたい」と呼びかけ、吟行のポイントを「目の前の風景を見て空気を感じ、『あっ』という気持ちの揺れが訪れたら、言葉探しを始めて」とユーモアたっぷりに語った。
毘沙門堂前で、同寺の鷲尾遍隆座主から寺の見どころについて説明を受けた参加者は、本堂や回遊式庭園などを思い思いに見て回った。
大津市の主婦悉地(しっち)芳枝さん(68)は、最近になって源氏物語を読み始めたといい、「昔の言葉はみやびでゆったりとしていい。ゆとりを感じられる歌を作れれば」と抱負を話し、神戸市須磨区の主婦菊徳子さん(59)は、「1000年前に作られた歌と自分の歌が共存できるのは幸せ」。奈良県上牧町の会社員久保直樹さん(56)は「今日みたいな雨降りを、紫式部は物思いにふける時間にして物語を書いたのではないか。素朴な思いを歌にしたい」とペンを走らせた。
京都府福知山市の無職中尾典子さん(71)は「歌を詠む目的で境内を歩くと、雨にぬれた新緑、岩の上にそびえ立つ多宝塔など、すべての景色が新鮮に映る」と話し、初めての短歌作りにも、「紫式部と一緒に眺めているつもりで詠みました」と自信をのぞかせた。
大阪市住吉区の会社員山本健二さん(41)と妻の利奈さん(38)は、庭園そばのあずま屋で雨を避けながら短歌作り。利奈さんは「こんなに緑の多い、いい所だとは思わなかった。ショウブも色鮮やか」と感心していた。
参加者は正午に吟行を終え、大津市の琵琶湖ホテルへ移動。大阪芸術大の雅楽会「あぷさらす」の雅楽や同大学放送学科の学生による源氏物語の朗読などを楽しんだ。大阪市の会社員柏木さやかさん(29)は「あまり触れる機会がない日本の伝統芸術を学べて良かった」と満足そうだった。
表彰式では、各賞受賞者に俵さんが表彰状を手渡し、それぞれの歌を講評。俵さんは最後に「短歌がうまくなるための秘訣(ひけつ)はない。作り続けていくことが一番のトレーニング。今日はあいにくの天気をプラスに変えていただき、いい歌をたくさん楽しませてもらった」と締めくくり、会を振り返って「一般の方との吟行会は初めて。短時間で難しいのではないかと思ったが、みなさん、バラエティーに富んだ歌を詠んでくれた。歌を通して、心が通い合えたかなと思う」と感想を述べた。
琵琶湖から流れ出る瀬田川の右岸に寄り添うように立つ石山寺は、747年(天平19年)、聖武天皇の勅願により、良弁(ろうべん)僧正が開いたとされる。
寺名は、広大な境内にそびえる天然記念物の珪灰石(けいかいせき)に由来する。風光明美で、「石山の秋月」は近江八景の一つに選ばれている。西国三十三所観音巡礼の第十三番札所で、サクラ、ツツジ、ボタン、ユリ、サザンカなど、季節ごとの花が美しく、大勢の参拝客でにぎわう。
源頼朝の寄進で1194年(建久5年)に建立された多宝塔(国宝)は国内最古。本堂(同)は滋賀県内最古の木造建築物とされ、内陣は平安時代の建築。外陣は豊臣秀吉の側室・淀君の寄進で増築されたという。
文学ともゆかりが深く、平安時代には、紫式部や「更級日記」を記した菅原孝標女(すがわらのたかすえのむすめ)らが一時滞在したほか、清少納言の「枕草子」や藤原道綱母の「蜻蛉(かげろう)日記」にも登場する。
瀬田川を見下ろす高台にある月見亭の隣には俳聖・松尾芭蕉の庵(いおり)があり、たびたび滞在した芭蕉は「石山の石にたばしる霰(あられ)かな」「曙(あけぼの)はまだむらさきにほととぎす」など数々の句を残した。
明治以降も、与謝野鉄幹・晶子夫妻らが同寺にまつわる歌を詠むなど、歌人や俳人らの創作意欲を刺激してきた。現在も、雅(みやび)や風流を求める人たちや、作品を推敲(すいこう)する静かな時を求めて文学ファンが訪れる。
6月30日まで、同寺豊浄殿で「石山寺と紫式部展」が開催されている。入山料と別に大人200円が必要。
本堂に朱印帳かわかす人の有り 雨降りしきる石山の寺
長野睦世さん(63)(堺市北区)
「どしゃ降りの中、本堂で短歌をひねっていると、ドライヤーで朱印帳を乾かしている人が。天気のいい日でも乾きにくいのに、雨だったらもっと時間がかかると思うとすぐに言葉が浮かんだ。風景そのものが詠めた」
むらさきの花の名前はしらないが山できらきらかがやいている
森香椰子さん(9)(兵庫県豊岡市)
「雨にぬれ、輝いていた薄紫色の小さな花のきらきらした感じが目に残っていて、そのまま短歌にした。今まで短歌を作ったことはなく、受賞はとてもうれしい。源氏物語は難しそうだが、大きくなったら読んでみたい」
石山に緑濃くして落ちる雨 千年前の人を捜して
前野道子さん(58)(京都府八幡市)
「友人に誘われて参加した。短歌は初めてで、受賞はびっくり。雨の1粒1粒が1000年前の人たちを捜しているようで、霧の中から紫式部が現れるのではと感じた。自分も1000年前に戻った思いで歌にした」
鳥の声雨音読経の声の濡(ぬ)れ この世の清き音満つる寺
辻本順子さん(61)(和歌山県田辺市)
「初めのうち、カエデの鮮やかな緑色に感動して静かに見ていたが、ふと、『ぴーぴー』というきれいな鳥の鳴き声や読経に気がついた。音や景色、すべてにおいて清らかな場所があるということを知ってほしくて歌にした」
むらさきの式部も眺めし瀬田川に 今日は黄色いカヌー走りぬ
山内克子さん(63)(大阪府枚方市)
「フジの紫や新緑、1000年を詠もうとも思ってもまとまらず、式部の時代にはなかった鮮やかな色を歌にした。団塊の世代である夫が定年後に俳句を始め、ならば私は歌をと取り組んでいる。まさかの受賞に驚くばかり」
石山の新樹の雨のほほつたふ 家に置ききしみどりごはいま
三野淳子さん(60)(神戸市須磨区)
「若葉と雨の風景を見て、『新樹』という季語を入れて一気に詠んだ。孫は双子の男の子でもう小学5年生。でも、私にとっては、いつまでもみどりご(幼児)。彼らと若葉を重ね合わせて、歌に入れた」
右足をそろりと上げて見て下さい 踏まれて居るのはわたしなんです
浅野晶子さん(74)(大津市)
「毘沙門天に踏まれているあまのじゃくをイメージしたが、草や石など自由に想像してもらえたのが良かったのかも。幼少時から石山寺は遊び場だったが、10年ほど前、渡米した時に源氏物語の素晴らしさを再認識した」
長大なLOVEを紡ぎしこの寺の 式部の見た空君が見る空
野崎稔さん(49)(滋賀県日野町)
「1000年前も今も、変わらないであろう恋心を『LOVE』の文字で表現したかった。短歌を始めたのは最近。三十一文字に思いを込めるのは大変だが、受賞を機に、豊かな歴史を誇る滋賀を題材に歌を詠みたい」
数知れず古人(いにしえびと)も歩みしか 雨溜まる石やや傾ぐ石
等健次さん(55)(東京都杉並区)
むせび泣く若くて青い木々たちよ 泣いて大きく美しくなれ
加藤朝子さん(23)(京都府宇治市)
まみどりの雨打つ瞬間(とき)も千年も 今佇(た)つ我に染みわたりゆく
中野伸子さん(58)(京都府京田辺市)
古(いにしえ)の硯(すずり)に時のしづく満つ 濃き新緑の影をうつして
木村和也さん(59)(大阪府豊能町)
一滴の乳も含まず逝きし児の腹帯給いしみ寺変らず
穂積孝子さん(63)(大津市)
光の君好きかと問はるる傘の下「イエス」も「ノー」も嘘(うそ)になります
木村光子さん(69)(滋賀県守山市)
五月雨の中で見たのは大杉の大きい体と強き心だ
佐藤乃基さん(12)(同県高月町)
〈主催〉 読売新聞大阪本社
〈共催〉 源氏物語千年紀委員会
〈後援〉 文化庁、京都府、滋賀県、大阪府、兵庫県、関西経済連合会、京都商工会議所
〈協賛〉 岩谷産業、NTT西日本、オムロン、関西アーバン銀行、関西電力、きんでん、コスモ証券、清水建設、ダイキン工業、ダイワボウ情報システム、日本生命、非破壊検査、丸一鋼管、ユニチカ
〈協力〉 日本トリム