2008年に千年紀を迎えるとされる、世界最古の長編小説「源氏物語」。これを記念し、物語の魅力を多角的に伝えるイベントシリーズ「源氏物語〜千年の時を超えて」の第1弾「源氏の世界を語る」リレー塾(読売新聞大阪本社主催、源氏物語千年紀委員会共催)が先月30日、京都会館(京都市左京区)で行われた。京都市立芸術大学名誉教授・中西進さんの基調講演後、女優の水谷八重子さんが第6帖「末摘花(すえつむはな)」を、劇画家で声楽家の池田理代子さんが第9帖「葵(あおい)」を、情感たっぷりに朗読。「源氏を彩る愛のかたち」をテーマにフリートークも行われ、約900人の観客を魅了した。司会者はフリーアナウンサーの上田千華さん。
『源氏物語』は難解で原稿用紙に換算して4000枚と長大、登場人物も多く文体は難しい。一大心理小説、恋愛小説でもあるが、そもそも恋愛とは何か。
13世紀、順徳院が書いた「禁秘抄」に、天子の役目は和歌を作ること、次に「好色幽玄のこと捨て置くべからず」とある。「好色」とは人間の心の優しみ。それを和歌を通じ訴えるのが、天子の役割という。「好き」は日本文化に脈々と流れる概念で、その最も栄えたのが平安時代。そのピークに「源氏物語」は生まれた。
紫式部には、大きく二つの試みがあったと思う。その一つは、人間を取り巻く自然と人間心理を巧みに響き合わせ、妙なるシンフォニーを奏でること。
具体的には、光源氏が夕顔を町中で見つけ、自分の別荘に連れていく。そこで夕顔は死ぬ。中秋の名月の日のことだ。月光輝く日は古来、不吉な日とされ、「万葉集」「竹取物語」にも記載がある。当時の読み手にとって暗黙の必然だった。
「源氏物語」中、最も理想とされる女性・若紫。彼女は都では桜が盛りを過ぎ、ただ北山にはまだ残っているというころ、あたかも山桜の精、「古事記」の木花咲耶姫(このはなさくやひめ)のように登場する。その紫の上が亡くなる時、死に顔を清らかな中秋の名月が照らし出す。満月に誘われ、この世を去った「竹取物語」のかぐや姫のように。紫の上は木花咲耶姫として登場し、かぐや姫として退場する。
こうして人物に普遍的な「理(ことわり)」をかぶせることで、物語の合理性を保証する。そういう装置が「源氏物語」には働いている。
さらに「源氏物語」では、重要な恋愛は必ずマイナス要素をはらむ。紫の上には子供がいない。六条御息所(ろくじょうのみやすどころ)は生霊になる。特に柏木事件。光源氏は藤壺に冷泉帝を産ませるが、晩年の妻・女三宮に裏切られる。決して恋愛賛美ではない。
光源氏は3歳で母を亡くし、その52年の生涯は周囲の人びとの死に深々とくま取られ、仄暗(ほのぐら)い光に照らされるように恋愛が浮かび上がる。恋愛なんかしなければいい。しかし、してしまう。
人間の限りない優しみ、哀(かな)しみ。それらを感じる心が「あはれ」であり、自らに対するいとおしみ、愛の哀しみ、切なさを延々54帖に描こうとしたのが『源氏物語』だといえる。
執筆時、紫式部は既に夫を亡くし人生後半の成熟期の中で、自然とのシンフォニーを奏で、また日本の文化が美とする「好き」=心の優しさの流れにさお差しながら、限りない切なさをもとに『源氏物語』を書き上げた。それが1000年の時を超え、今も愛される理由なのだろう。
司会 中西先生、朗読をお聞きになっていかがでしたか。
中西 目で読むのと違い、殿上人(てんじょうびと)になったかのような、あまたの女房、更衣(こうい)が読んでおられるような……。
司会 水谷さんは、映画でも末摘花を演じられたそうですね。お二人は、どんな風に工夫されました?
水谷 やはり末摘花の、ほかの女性とは違う容貌(ようぼう)を、実際に見た気持ちになっていただきたくて。市川雷蔵さんの映画では普通のメークで、ごく普通に演じておりましたが、今回、本格的に読んで「普賢菩薩(ふげんぼさつ)のお乗りものの象のような鼻」という描写はショックでした。
池田 私は六条御息所(ろくじょうのみやすどころ)という美しく落ちついていて、教養が高く趣味がよい女性が、内面にドロドロを抱え、生霊になって正妻にとりつく。その怖(おそ)ろしさをどう表現しようかと。
司会 当時は一夫多妻制ですが、1人の女性に何人もの男性が通うことも?
中西 例えば和泉式部や、娘の小式部内侍(こしきぶのないし)は奔放な女性で複数の男性が通うなど、一妻多夫もあり得た。そうなれば、形式より気持ちが大事。これが雅(みやび)、文化ではないかと思います。
司会 「ベルサイユのばら」をお描きになった池田さん、近世ヨーロッパの恋愛は「源氏物語」と比較していかがですか。
池田 両者の背景は、よく似ていると思います。絶対王権が確立し、男性が血なまぐさい政争より恋愛を日々の仕事としている。いろんな取り決めもあって、例えばラブレターをもらうと女性はうれしさのあまり失神して見せないといけないとか。おそらく「源氏物語」の時代もフランス18世紀も、粋でないことが一番恥ずかしく、嫌がられたのでしょうね。
水谷 紫式部は何を残そうとして、この『源氏物語』を書いたのでしょう。
中西 百人一首に「めぐりあひて 見しやそれともわかぬまに 雲がくれにし夜半の月かな」の和歌がありますね。月を見た、結婚した。だが、それははかなく過ぎ、遺児が残された。憂愁の中で人生がどう見えてきたか。深い奥行きを持った自己との対話の中で、「源氏物語」は生み出されたのだと思います。
水谷 同じ思いを持つ人がほかにもいたのでは?
中西 一条天皇の後宮には、藤原彰子(しょうし)のところに紫式部、和泉式部、赤染衛門(あかぞめえもん)、定子(ていし)のところに清少納言と、大勢の才女がいた。しかし、これほど物語に向いていた作家は紫式部だけだったでしょうね。
池田 紫式部はライバルたちを牽制(けんせい)するかのように、「知性がまさり、つまらない女だ」という表現をよく使いますね。「末摘花」では無残な現実を「これでもか」というほど書き込むなど、随所に彼女の性格や価値観が反映していますね。
水谷 本当に1人の作家が書いたのでしょうか。
中西 とてもいい質問で、諸説あります。まず何人かで書いたという説。「匂宮(におうのみや)」「紅梅」「竹河」の3帖は文体が違うから、後で書いたのではないか、など。第1帖「桐壺」の前に「輝く日の宮」という巻があったとも言われています。それらも含め、私は大半を紫式部が書いたと思う。
水谷 男女の関係があった翌日に贈り合う後朝(きぬぎぬ)の手紙は、なくてはならないものですか。
中西 ないと、女性は侮辱されたことになります。今気づいたのですが、女は仮名、男は漢字と決まっている文化の中で、恋愛に関しては男性は仮名で和歌を作る。男性側が逸脱したところで恋愛は成立する。理想的な世界に結実する聖空間、それが恋愛ではないか。
司会 最後に、『源氏物語』を一言で表現すると?
水谷 謎。科学的アプローチで『源氏物語絵巻』から新事実がわかるなど、近年なお謎は増すばかり。
池田 私は、恋する男性心理をつぶさに書いた「源氏物語」が宮中で回し読みされて、男性たちはさぞ困ったんじゃないかと。私も中学時代から物語を書いてクラスで回していたので、身近に感じられます。
中西 私は単語を選ぶとしたら「畏(おそ)れ」ですね。本質的なものに対する認識「畏れ」を通して、感動に至る。それが「源氏物語」だという気がしますね。
〈主催〉 読売新聞大阪本社
〈共催〉 源氏物語千年紀委員会
〈後援〉 文化庁、京都府、滋賀県、大阪府、兵庫県、関西経済連合会、京都商工会議所
〈協賛〉 岩谷産業、NTT西日本、オムロン、関西アーバン銀行、関西電力、きんでん、コスモ証券、清水建設、ダイキン工業、ダイワボウ情報システム、日本生命、非破壊検査、丸一鋼管、ユニチカ